神社と御朱印を巡る男の旅

おっさんによる神社と御朱印のブログです。

江東区の初詣ならココ。おすすめの神社を一覧で紹介。


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江東区の神社マップ

はじめに、江東区にある神社の一覧を、比較的大きめな神社を中心に以下の地図にまとめてみました。

境内画像、神社のご由緒、詳しいアクセスなどもリンク先で紹介していますので、そちらも是非参考にしてみてください。

地図上では全部で38ヶ所の、江東区の神社を紹介しています。

38ヶ所が江東区にある全ての神社ではありません。実際には小さな神社などを含めますと、その数はさらに多くなります。

江東区では、亀戸天神社富岡八幡宮が大きな神社で、それに続く形で、亀戸香取神社江東天祖神社洲崎神社猿江神社深川神明宮大島稲荷神社東大島神社などが、比較的大きめの神社になります。

また、こちらの記事では神社のみの紹介で、寺院は紹介しておりませんので、ご了承ください。

次項より、江東区のそれぞれのエリアごとに、初詣におすすめの神社をまとめてあります。

 

亀戸・錦糸町の初詣

亀戸天神社

学問の神様である菅原道真公を祀る神社です。総本社の太宰府天満宮に対し、「東宰府天満宮」や「亀戸宰府天満宮』とも呼ばれる大きな神社で、境内の太鼓橋などでも知られています。梅まつり、藤まつり、菊まつりでも知られていて、東京十社の一つにも数えられている神社です。亀戸駅、錦糸町駅から徒歩で15分ほどです。(江東区亀戸3-6-1)

 

亀戸香取神社

飛鳥時代の創建ともいわれている大変歴史の古い神社です。戦勝祈願の勝矢の逸話もあり、スポーツ振興の神様として、多くのスポーツ選手も参拝に訪れる神社です。亀戸七福神の大国神と恵比寿神も祀られています。亀戸駅、東あずま駅、小村井駅の中間辺りに位置しています。(江東区亀戸3-57-22)

 

江東天祖神社

室町時代に創建された神社で、かつてこの地域が柳島村と呼ばれていた頃の鎮守です。疫病除けのご利益でも知られています。境内社である太郎稲荷神社は、樋口一葉「たけくらべ」にも登場します。亀戸七福神の福禄寿も祀られています。小村井駅、押上駅、東あずま駅の中間辺りに位置しています。(江東区亀戸3-38-35)

 

亀戸水神宮

亀戸水神社とも呼ばれています。戦国時代の創建と考えられていて、水害除けの堤防を築いた際に、その祈願として創建されたといわれています。最寄である亀戸水神駅は、こちらの神社が由来になっています。(江東区亀戸4-11-18)

 

亀戸浅間神社

戦国時代に創建された神社で、富士信仰である浅間神社を勧請した神社です。隣接する亀戸浅間公園はかつての社地で、現在は富士塚が残されています。亀戸水神駅、平井駅、東大島駅の中間に位置しています。(江東区亀戸9-15-7)

 

亀戸石井神社

小さな神社ですが、平安時代の初期に創建された古社になります。咳の病を治すご利益があることでも知られています。「おしゃもじ稲荷」とも呼ばれていて、神社からおしゃもじを借り、病が治れば一本添えて二本のおしゃもじを戻す、とういう風習があるそうです。亀戸駅、亀戸水神駅、東あずま駅が最寄駅です。(江東区亀戸4-37-13)

 

梅屋敷伏見稲荷神社

江戸時代に、かつて梅屋敷といわれた梅の名所があり、その屋敷神として祀られていたお稲荷さまです。梅屋敷は梅が大部分枯れてなくなってしまいましたが、その跡地に残された形の神社です。亀戸駅と小村井駅の中間にあります。(江東区亀戸3-51-3)

 

門前仲町・木場の初詣

富岡八幡宮

深川の八幡様と呼ばれ親しまれている神社です。江戸勧進相撲の発祥の地でもあり、力士の奉納土俵入りなども行われている神社です。また、日本最大の神輿と言われる一の宮神輿も展示されています。日本地図を作った伊能忠敬とも縁の深い神社です。東京十社の一つにも数えられ、江戸最大の八幡様として信仰され、深川七福神の一つである恵比寿神も祀られています。門前仲町駅、木場駅が最寄駅です。(江東区富岡1-20-3)

 

洲崎神社

徳川5代将軍綱吉の生母である桂昌院が崇敬していた、江戸城中紅葉山に祀られていた弁財天を、現在の地に遷座して創建された神社です。以来、江戸の観光名所として栄えました。かつて大きな津波に襲われた際の、波除碑(津波を警告する碑)も境内に残されています。木場駅から徒歩ですぐです。(江東区木場6-13-13)

 

繁栄稲荷神社

大丸百貨店の創業者である下村彦右衛門正啓が、自身の別邸に京都の伏見稲荷を勧請して創建した神社です。その後明治には現在の根津美術館に遷座しますが、昭和になり旧地の近くである現在の地に二たび遷され、繁栄稲荷神社として再建されました。木場駅から徒歩ですぐ、北側に位置しています。(江東区木場2-18-12大丸コアビル敷地内)

 

黒船稲荷神社

元々は現在の台東区寿にあたる地域が黒船町と呼ばれていて、その地に創建された稲荷神社です。江戸時代に火災により焼失し、現在の地に遷座しています。江戸時代の後期には、「東海道四谷怪談」の作者である四世鶴屋南北の自宅が境内にあったそうです。門前仲町駅から徒歩ですぐです。(江東区牡丹1-12-9)

 

紀文稲荷神社

江戸時代に材木商として巨万の財を築いた紀国屋文左衛門が、京都の伏見稲荷より勧請して創建した神社です。紀国屋文左衛門は、紀州からミカンを江戸に運んだ人物としても知られています。航海の安全と商売の繁盛を願って創建されたお稲荷さんです。最寄駅は門前仲町駅になります。(江東区永代1-14-14)

 

東陽繁出世稲荷神社

創建の年代や経緯など、詳しいご由緒はわかっていません。木場駅から西に徒歩ですぐの場所に鎮座している、とても小さな神社です。(江東区東陽3-9-11)

 

南砂町・東陽町の初詣

富賀岡八幡宮

深川の富岡八幡宮の元宮という説もあり、「元八幡」とも称されている神社です。桜並木の参道は、歌川広重の名所江戸百景にも描かれ、江戸郊外の名所としても知られ多くの人が訪れたそうです。最寄駅は南砂町駅になります。(江東区南砂7-14-18)

 

志演尊空神社

「しのぶそんくうじんじゃ」と読みます。徳川5代将軍綱吉が鷹狩りの際に立ち寄り、志演神社と命名したといわれています。昭和22年に志演神社と尊空神社が合祀され、現在の志演尊空神社となりました。江戸時代には疫病退散の護摩をたいたこともあるため、「ゴマの稲荷」とも呼ばれています。境内には日本最古の力石があります。南砂町駅、東陽町駅、西大島駅の中間辺りに位置しています。(江東区北砂2-1-37)

 

亀高神社

江戸時代の初期に、この地域の新田開拓に伴い、五穀豊穣の神様として創建された神社です。亀高新田の鎮守となっています。かつては徳川吉宗も、鷹狩りの折に参拝しているといわれています。南砂町と大島駅の中間辺りに位置しています。(江東区北砂4-25)

 

仙気稲荷神社

せんきいなりじんじゃ、と読みます。江戸時代の前期に、この地域の開拓に際し、鎮守として創建された神社です。昭和42年には習志野に遷座していますが、その後現在の地に再建されています。東陽町駅と南砂町駅の中間にあります。(江東区南砂3-4-2)

 

中田稲荷神社

江戸時代の前期に、中田新田村と呼ばれたこの地域の開拓の際に、鎮守として創建された稲荷神社です。南砂町駅と東大島駅の中間辺り、荒川寄りに位置しています。(江東区東砂5-4-10)

 

東砂天祖神社

江戸時代の中期に、現在の森下にある深川神明宮より御分霊を勧請して創建された神社です。天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしています。最寄駅は南砂町駅です。荒川からも近い場所にあります。( 江東区東砂6-13-4)

 

大塚天祖神社(神明宮)

江戸時代の前期に、大塚新田村と呼ばれたこの地域の新田開発に伴い、創建された神社です。かつて境内には大きな松があり、大正6年の大津波では、その松につかまり助かった人も多かったそうです。その後松は枯れてしまい、現存はしていません。南砂町駅と、大島駅、東大島駅の中間にあります。(江東区東砂4-2-18)

 

金森稲荷神社

創建の年代や経緯など、詳しいご由緒はわかっていません。南砂町駅から北、大島方面にある、小さな神社です。(江東区南砂5-22-2)

 

住吉・菊川の初詣

猿江神社

猿江のお稲荷さんとして古くから親しまれている神社です。平安時代の後期に、源頼義・義家親子の家臣で、数々の奉勝を立てた猿藤太(さるのとうた)という勇猛な武将がこの地で力尽き、そこに塚を建てたのが始まりだともいわれていて、猿江という地名の由来にもなっています。最寄駅は住吉駅です。(江東区猿江2-2-17)

 

宇迦八幡宮

かつてこの地域が千田新田と呼ばれた開拓地だった頃に、稲荷神社として創建されました。飢餓が発生した際には、穀物に代わって片栗を栽培するようにとのお告げがあり、それに従った農民が飢餓から救われたことから、片栗八幡宮とも呼ばれています。最寄駅は住吉駅です。(江東区千田12-8)

 

日ノ先神社

稲荷神とともに、仏教の守護神で、陽炎(かげろう)を神格化した神様とされる、摩利支天尊(まりしてんそん)が祀られている珍しい形の神社です。現在は小さな神社ですが、かつては江戸屈指の規模をもつ摩利支天だったそうです。最寄駅は住吉駅です。(江東区猿江1-22-12)

 

清澄白河駅・森下の初詣

深川神明宮

深川の地を開拓した深川八郎右衛門が、伊勢神宮の御分霊をお祀りして創建した、天照大御神(あまてらすおおみかみ)をご祭神とする神社です。深川発祥の地といわれています。深川七福神のひとつである寿老神も祀られています。最寄駅は森下駅です。(江東区森下1-3-17)

 

深川稲荷神社

かつてこの辺りは一帯に船大工が住み、船の修繕や造船が行われていて、深川西大工町という町名だったことから、西大稲荷とも称されていました。深川七福神のひとつである布袋尊も祀られています。最寄駅は清澄白河駅です。(江東区清澄2-12-12)

 

正木稲荷神社

万年橋の際に鎮座していることから、万年橋稲荷とも称されています。かつては境内に大木があり、隅田川から小名木川へ入る目標となっていたそうです。清澄白河駅と森下駅の中間に位置している神社です。。(江東区常盤1-1-2)

 

八名川稲荷神社

江戸時代の後期に創建された神社で、火防せの神様として祀られました。何度か遷座をし、一度は八名川小学校の一角にも鎮座したことがあります。昭和21年に現在の地に遷されました。最寄駅は森下駅です。(江東区新大橋3-1-4)

 

白笹稲荷神社

境内には、大きな力石である智加良石が置かれていたり、かつては多くの人が参拝に訪れ、生田地蔵尊と呼ばれていた子育地蔵尊もあります。最寄駅は清澄白河駅です。(江東区白河3-2-10)

 

行成稲荷神社

清澄白河駅からすぐ近く、北側にある小さな稲荷神社です。創建の年代や経緯などは不明です。社殿の前には特徴ある顔立ちをしたお狐さんがいます。最寄駅は清澄白河駅になります。(江東区白河2-20-4)

 

芭蕉稲荷神社

かつてこの辺りには松尾芭蕉が住んでた芭蕉庵があったとされ、近くには芭蕉記念館分館もあります。大正6年の津波の際に、芭蕉が愛好していたとされる石造りの蛙が発見され、その場所に神社が創建されました。境内には芭蕉庵跡の碑や芭蕉の句碑がある、松尾芭蕉ゆかりの神社です。最寄駅は清澄白河駅です。(江東区常盤1-3)

 

大島の初詣

大島稲荷神社

大島地域の鎮守です。かつては小名木川近くの海辺が度々津波に襲われ、住民が苦しんだことから。京都の伏見稲荷から御分霊を勧請し、創建されました。松尾芭蕉にもゆかりのある神社です。最寄駅は大島駅になります。(江東区大島5-39-26)

 

東大島神社

第二次大戦時の東京大空襲にて、この地域にあった永平神社、子安神社、小名木神社、北本所牛島神社、南本所牛島神社が焼失してしまい、戦後にこの五社の総代及び有志が合併を協議し創建されたのが、東大島神社です。大島駅と東大島駅の中間に位置しています。(江東区大島7-24-1)

 

大島愛宕神社

元々は、現在江戸川区の平井にある成就寺というお寺の境内に祀られていた神社になります。当時は現在の墨田区に成就寺があり、その近辺の住民の引越しに伴い神社も遷座しました。江戸時代の後期には、小林一茶が仮住まいをしていたとも伝えられています。最寄駅は西大島駅です。(江東区大島2-15-4)

 

治兵衛稲荷神社

江戸時代の前期、この地域の新田を開拓した治兵衛という人物が、京都の伏見稲荷の御分霊を勧請し、創建した稲荷神社になります。この地域の鎮守です。西大島駅、大島駅、南砂町の中間辺りに位置しています。(江東区北砂3-21-11)

 

生田神社

生田稲荷神社とも称されている神社です。この地域の鎮守として、江戸時代の前期に創建されました。疫病除けや安産祈願にご利益があるといわれている神社です。東大島駅と南砂町駅の中間辺りに位置しています。(江東区東砂3-17-17)

 

亀出神社

亀出稲荷神社と愛宕神社の二つの神社が昭和31年に合祀され、現在の亀出神社となりました。亀出稲荷神社は越後高田藩の第4代藩主だった松平定儀の別邸に、鬼門除けとして創設された神社で、愛宕神社は、亀戸出村にあった霊巌寺というお寺の鎮守として創建された神社です。亀出神社は大島駅と西大島駅の間にあります。(江東区大島3-31-15)

 

子安稲荷神社

江戸時代の中期に、護国豊穣と子孫の繁栄を願い創建された稲荷神社です。高砂

鉄工所門前近くに鎮座していましたが、鉄工所の拡張に伴い、現在の地に遷座しています。学問や子育ての神様として信仰されています。最寄駅は西大島駅になります。(江東区大島3-21-9)

 

隣接地域の神社

お住まいの地域によっては、江東区と隣接する・港区・中央区・墨田区・江戸川区の神社の方が行きやすい場合もあるかと思います。

周辺地域の初詣にお勧めの神社についても、下記にそれぞれリンク記事を貼っておきましたので、是非チェックしてみてください。

・江戸川区(未作成)