神社と御朱印を巡る男の旅

おっさんによる神社と御朱印のブログです。

広島護国神社(広島市/中区)の御朱印と見どころ


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広島護国神社

広島護国神社の紹介

広島城のパワースポット「広島護国神社」

広島市中区にあるパワースポット、広島護国神社に行って参りました。読み方は「ひろしまごこくじんじゃ」です。広島城のお堀の中(城址公園内)にあり、戦死者などをお祀りしている神社です。広島カープが必勝祈願でチーム参拝することでも知られています。最寄駅はアストラムラインの県庁前駅か、広電の紙屋町東紙屋町西になります。

4月の中旬、広島に三泊四日の旅行に出掛けてきました。東京から嫁と二人の夫婦旅です。

僕も嫁も広島カープが好きでして、これまでも野球観戦がてら、広島観光には何度か訪れています。

しかし近年、カープのチケットが全く取れず…。故に何年か広島からは足が遠のいていました。3~4年前くらいまでは、普通にチケット取れてたんですけどね。

高値のチケットを買うという方法ももちろんなくはないんですけど、なんだかそれだと悔しいので、結局マツダスタジアムにはなかなか行けず。

しかし野球観戦ができないからと言って、広島という地に魅力がないなんてことは全くありません。僕も嫁も広島が大好きです。なので今回、野球抜きで広島を満喫してやろうと、そんな旅行を決行しました。

そんな広島旅行の最初の目的地に選んだのが、広島護国神社と広島城です。

どちらも過去に一度だけ訪れていて、おぼろげながら記憶にも残ってはいます。そのとき泊まっていたホテルが広島城の近くでして、なんとなく行ってみた感じですね。で、途中にあった護国神社にも、たまたま立ち寄りました。

当時はまだ神社にそこまで興味があったわけでもなく、御朱印を頂くという習慣も持ち合わせていません。

ですので今回、改めて護国神社に参拝し、御朱印を頂こうと。

さらには最近嫁が『日本100名城』というものに興味を持っておりまして、ガイドブックも購入。100名城のスタンプラリーにもなっているものでして、スタンプ帳も付いてます。

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この100名城の中に広島城も入っていますので、広島城にてスタンプを手に入れ、護国神社で御朱印を頂くという、一度で二度美味しいパターンが可能です。

広島旅行の初日となるこの日は、超早起きで自宅を出て、6時半には東京駅を新幹線で出発です。

広島駅に降り立ったのが、約4時間後の10時半。

コインロッカーに大きな荷物を預け、路面電車の広電に乗り込みます。広電はSuikaも使えますので楽チンです。

乗車して15分ほどで、広島城と護国神社の最寄である紙屋町東に到着。そこからはてくてくと徒歩にて北上します。

天気は快晴。絶好の散策日和。

気持ちのよい天気の中、紙屋町東から歩くこと15分ほどで、広島城の入口に到着です。

 

ご由緒

ご祭神は、第二次世界大戦までの事変や戦争いおいて戦没した、広島県西部出身の戦死者と、原爆の犠牲となった動員学徒、女子挺身隊など、合わせて九万二千余柱の神霊です。筆頭祭神は、戊辰戦争で活躍した広島藩士、高間省三(たかましょうぞう)です。

創建は明治元年になります。明治維新の戊辰戦争において戦没した、高間省三命以下七十八柱を、二葉の里(現在の東区)に造営された「水草霊社」にお祀りしたのが始まりです。

明治8年には官祭招魂社となり、明治34年に官祭広島招魂社と改称されました。

昭和9年には、現在の旧市民球場の辺りに移転し、社殿も新しく造営され、昭和14年には広島護国神社と改称されています。

昭和20年8月6日には、広島に原子爆弾が投下され、護国神社の社殿も全て焼失してしまいます。

その後は広島市の復興に伴い、県民より浄財を募り、昭和31年に現在の広島城址に新社殿が造営されました。

現在の社殿は、平成5年に建て替えられたものになります。

中国地方では、毎年最も多くの初詣客が訪れる神社です。

広島カープが必勝祈願のため、毎年キャンプインの時期にチームで参拝することでも知られています。

 

境内案内

広島城には二ヶ所の入口があり、僕たちは二の丸がある表御門の入口に向かいます。

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入口には案内図。ざっくりと護国神社の場所なども確認します。

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表御門へ向かいます。お城ってなんだかワクワクしますね。

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こちらが表御門。戦前までは江戸時代以来のものが残されていたとのことですが、原爆により焼失してしまい、現在の門は平成になり再建されたものになります。

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表御門をくぐると、二の丸に出ます。とっても開けていて空が広いです。

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右手に二の丸の櫓(平櫓・多聞櫓・太鼓櫓)があり、中にも入れるようになっていますので、入ってみます。

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櫓の中を一通り見学。昔からある建物の中にいるような感覚になるのですが、こちらも平成になり復元されたものだそうです。

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櫓を出て、護国神社を目指します。途中、被爆して生き残った大きなユーカリの木がありました。反対側には、同じく被爆したマルバヤナギの木も。

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石垣のあるエリアを抜けます。石垣が赤く変色しているのは、被爆時の火災の熱によるものとのこと。

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石垣を抜けますと、芝生のある広いエリアへ。

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芝生の先に鳥居が見えます。護国神社に到着です。

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鳥居の前へ。前回訪れた際の記憶が蘇ります。

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左手の奥には慰霊碑らしきものが見えましたので、そちらには後ほど行ってみることに。訪れたのは4月中旬でして、鯉のぼりの姿も。

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右にはお馬さんです。菊の紋章も入っています。

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鳥居の両脇、少し高い位置に狛犬さんです。こちらが左の狛犬さん。

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こちらが右の狛犬さん。どちらも大きくて逞しい容姿です。

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一礼して鳥居をくぐります。扁額には「廣島護國神社」と刻まれています。

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鳥居をくぐるとすぐ左手が手水舎です。けっこう大きめな手水舎です。

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お清めをします。

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参道を進みます。境内は広々としています。青空に映える白い社殿が綺麗ですね。

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左手には大きな建物。どうやら社務所のようです。

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同じく右手にも立派な建物です。

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歩を進め、拝殿の前へ。社殿は左右にも連なっていて、大きいです。

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左手に授与所があり、その手前に鯉の像や狛犬さんが見えましたので、先にそちらに行ってみます。護国神社には、社殿の左右に鯉がいます。

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こちらが左の鯉です。「双鯉の像」と名前が付いていて、二尾の鯉が寄り添って泳ぐ姿から、家内安全や夫婦円満、恋愛成就などを意味しているそうです。

広島護国神社の双鯉の像

 

双鯉の像のさらに左手に、狛犬さんです。こちらも少し高い位置にいらっしゃいます。

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後ろ足を立てていて、前傾姿勢の狛犬さんですね。お顔も迫力があります。

広島護国神社の左の狛犬

 

狛犬さんの下には、古いものに見える石灯籠もありました。狛犬さんのお尻アングルで失礼します。

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右側にも回ってみます。こちらが右の鯉です。「昇鯉の像」と呼ばれ、滝を登る鯉の姿から、難関突破や目標達成、開運出世などを意味しているそうです。

広島護国神社の昇鯉の像

 

昇鯉の像の右手には狛犬さんです。左と同じく、前傾姿勢で迫力があります。

広島護国神社の右の狛犬

 

右奥の建物は悠久殿と書かれていました。どうやら結婚式場のようです。

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さらに右手には、「英霊にささぐ」と刻まれた像など、いくつかの石碑が並んでいました。手を合わせます。

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左右の鯉と狛犬にも挨拶ができましたので、拝殿正面へと向かいます。こちらは社殿を右斜め前から。

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正面に立ちます。自然と身が引き締まります。

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春の青空の下、参拝します。

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参拝を終え、授与所にて御朱印を頂きます。嫁が所望していた、鯉の御朱印帳も購入。御朱印帳は色をどちらにするか迷ったのですが、オレンジを選びました。

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こちらは社殿を左斜め前、授与所の側から。

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空が広がる境内にてばらく過ごし、後にします。

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境内に向かって左手に慰霊碑のようなものがありましたので、行ってみます。こちらはその途中、どうやら境内への車の入口のようです。立派な木もありました。

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こちらが慰霊碑です。手を合わせ、護国神社を後にし、広島城へと向かいます。

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参拝を終えて

二度目の参拝だった広島護国神社。

数年前に訪れた際にも、社殿の前に鯉がいたのはばっちりと覚えていましたので、再会できて嬉しいです。

広島で鯉といえば、まず広島カープを思い浮かべる方が多いかと思います。まさに僕もそうです。

しかしながら、なぜ広島はカープ(鯉)なのか?と、あまり深く考えたことはありませんでした。

それがこのたび、この記事を書くに辺り理由を知ることに。

現在護国神社のある広島城は、別名が「鯉城(りじょう)」呼ばれているそうです。これも僕は初めて知りました。姫路城が白鷺城と呼ばれていたみたいな感じですね、きっと。

鯉城と呼ばれるようになった理由には諸説あるようです。この辺り一帯が己斐浦(こいのうら)と呼ばれていて、「己斐」が「鯉」に転じてそう呼ばれるようになったという説。またはその逆で、現在の西区にある旭山神社に神功皇后が立ち寄った際、鯉が献上されたことから、その辺りが鯉村と呼ばれるようになり、その後に己斐に転じたという説もあるみたいです。また、とってもシンプルなものとしては、掘に鯉がたくさんいたため、というのもあるみたいですね。

護国神社の鯉も、そんな鯉城に因んでいるとのことです。

そして、それが広島カープの名前の由来にもなっているんだと。初めて知りました。この豆知識はちょっと嬉しいですね。

鯉の印象が強い護国神社でしたが、白い社殿も綺麗でしたし、開けて広々としている境内は、開放感があって気持ちよかったです。

鳥居前の狛犬と社殿前の狛犬は、ともに原爆の被害に遭いましたが、それに耐えたものとのこと。どちらも原爆の広島を見てきた狛犬さんだったんですね。

奥の狛犬さんは、前足を地面につけ後ろ足が立っているという、東京では僕は数ヶ所でしか見たことがない態勢の狛犬さんでした。

晴天の下、前回来たときよりもじっくりと境内を散策させて頂き、無事に御朱印も頂くことができました。

さらには、嫁が以前より所望していた鯉の御朱印帳も手に入れました。鯉の栞もおまけで付いています。

広島護国神社の御朱印帳

数年振りとなる護国神社に、こうしてまた訪れることができてよかったです。

参拝を終えた僕たちは、そのまま広島城へと向かいます。

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石段を上がると、ようやく前方に広島城の天守閣がちらりと見えてきます。

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その先には、日清戦争の際に大本営となった建物があったエリアです。原爆により倒壊し、現在は基礎だけが残っています。

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そこから少し歩き、石段を上りますと、広島城の正面です。

広島城

広島城は、安土桃山時代に毛利輝元が築いたお城で、明治には建物の大半は失われていたものの、一部はまだ残っていたそうです。しかし原爆投下時に全ての建物が崩壊してしまったのだと。

現在の天守閣は昭和33年に再建されたものになります。

お城の中では様々な展示品を見たり、甲冑を試着したり、天守閣から広島の街を一望したり、満喫させて頂きました。

100名城のスタンプも忘れずに押印。

広島城のスタンプ

記念すべき初のお城スタンプを手に入れ、広島城を後にします。

続いては徒歩にて、八丁堀駅近くにあるカープベースボールギャラリーでカープグッズを物色し、すぐ近くのお好み焼き屋「みっちゃん総本店」にてランチとビール。下の記事は、僕が別で書いている雑記ブログです。

 

さらにはマツダスタジアムまで足を延ばし、嫁の趣味であるご当地マンホールを撮影。

 

その後、この日の宿がある宮島口のホテルへ。ホテルでは、宮島が一望できる露天風呂や、厳島神社の鳥居をくぐることができるナイトクルージングなどを楽しみました。

 

翌日は朝イチで宮島に渡り、厳島神社の参拝と、神の山である弥山(みせん)への登山です。

 

御朱印

こちらが広島護国神社の御朱印です。

広島護国神社の御朱印

御朱印の受付時間

御朱印と御守りを頂ける時間は、9時から16時半までです。

(※神社のご都合によりお時間等変更になる場合もございますので、ご注意ください。)

 

アクセス

住所は広島県広島市中区基町21-2です。広島城址公園の中にあります。

電車

アストラムライン 「県庁前駅」から徒歩8~10分。

東2出口を出てそのまま鯉城通りを北上します。お堀に突き当たるT字路は歩行者は渡れませんので、手前から入る地下道を通って左折です。右手の城址公園に表御門から入り、二の丸跡を越えてすぐです。

広島電鉄 「紙屋町西」または「紙屋町東」から徒歩13~15分。

鯉城通りを北上します。お堀に突き当たるT字路は歩行者は渡れませんので、手前から入る地下道を通って左折です。右手の城址公園に表御門から入り、二の丸跡を越えてすぐです。

駐車場

参拝者用の駐車場があります。東側の大鳥居(RCC横)から入り、入口でガードマンに参拝の旨を伝えますと、中に入れてもらえます。その奥に駐車場があります。特別な日でなければ、台数にも余裕があるかと思います。近くには他のパーキングもいくつかあります。

広島護国神社の公式HPはこちらです。
https://www.h-gokoku.or.jp/

 

周辺のパワースポット

 

広島市の神社一覧

僕が参拝した広島市の神社一覧です。