新宿区の西新宿にある蛯子稲荷大明神の参拝レポートです。
読み方は「うばこいなりだいみょうじん」です。「えびすいなり」ではなく「うばこいなり」です。あきる野市にある稲足神社の摂社で、韋駄天尊と蛯子稲荷が並んでお祀りされています。新宿ワシントンホテルの正面玄関の脇に鎮座しています。
序文に続き、ご由緒、境内案内、見どころ、御朱印、アクセスの順で紹介していきます。
西新宿の「蛯子稲荷大明神」へ
この日は南新宿から西新宿を経由して、北新宿までを徒歩で移動という、中年夫婦にはけっこうハードな神社巡りです。自分たちで計画したんですけどね。
これまでも新宿駅周辺の神社にはいくつか参拝したことがあったのですが、今回はまだ訪れたことがないエリアを回ってみようと。
それが、新宿駅の西側にあたるエリアでして、その辺りの神社を巡りつつ、南北に縦断してみることにしました。
そもそもそのエリアって、電車の路線は何本も走っているのですが、みんな横のラインなんです。ですので縦に移動しょうとすると徒歩が中心になりますので、なかなかに不便でもあるんです。
とは言え僕も嫁も歩くこと自体は好きですし(歩き過ぎなければですが…)、普段なかなか新宿のそんな辺りを歩く機会もないので、散歩がてら楽しみつつ、神社巡りをしようと。
この日最初に訪れたのは、小田急線の南新宿駅からすぐの場所にあった金吾龍神社東京分祠です。こちらはマンションの一室という変わった場所にある神社でしたが、無事参拝。
続いては同じく南新宿駅の近くにある平田神社に参拝。
そしてここから西新宿を経由して、北新宿方面にある成子天神社を目指します。
その道中、箒銀杏天満宮という小さな神社にも立ち寄り、次に向かったのが蛯子稲荷大明神です。
箒銀杏天満宮も蛯子稲荷大明神も、元々は目的地の一つとして設定していたわけではなく、たまたま新宿を縦断する際に通り道にあり、地図上で見つけた神社です。
どちらも純粋な「通り道」というわけではなく、多少寄り道をする形にはなりますが、すぐ近くを通るのでしたら、せっかくなので寄らずに通過するのはもったいないと、そう思ってしまうんです。
高層ビルに囲まれ大勢の人が行き交う西新宿。
頭上には首都高が走り、前方には東京都庁のバカでかいビル。
田舎者の僕は、今さらながら新宿のそんな景色に圧倒されてしまいます。もう20年以上東京に住んでいるのに。
大都会の景色にきょろきょろしつつ、スマホで地図を確認しつつ歩を進めて行きますと、右手に新宿ワシントンホテルが現れ、目的地である蛯子稲荷はその付近にある模様。
ワシントンホテルといえば高級ホテルというイメージがあり、僕などとは縁のないホテルです。当然、下民の僕は足を踏み入れたこともありません。
しかし、そんなワシントンホテルのエントランス脇に、稲荷の赤い幟旗が見えました。
蛯子稲荷は、ワシントンホテルの敷地内にある神社だったんですね(厳密に敷地内なのかどうか判断はできませんが)。
おそるおそるワシントンホテルのロータリーへと足を踏み入れ、蛯子稲荷に接近。
無事到着です。
ご由緒
ご祭神は、社名からの推定になりますが、食物や穀物の神様で、五穀豊穣の神様である倉稲魂命(うかのみたまのみこと)です。宇迦之御魂命とも表記され、稲荷神と同一です。
東京あきる野市にある稲足神社(いなたりじんじゃ)の摂社になります。
創建の年代や詳しいご由緒は不明です。
境内には韋駄天尊(いだてんそん)と蛯子稲荷が並んで祀られています。韋駄天尊、蛯子稲荷ともに、元は上州館林の城主である秋元但馬守礼朝公の戦神として浅草の地に祭祀されていましたが、明治4年にその下屋敷があった現在の地に遷座されています。
遷座の際に、男一人が荷車一台のみで、重量のある韋駄天尊と蛯子稲荷大明神の御二柱を運搬したことから、韋駄天尊の御加護によって後押しされたと言われています。
現在の韋駄天尊の堂宇は、第二次大戦後にて被災した後、昭和61年に再建されたものになります。
また、境内には、野村専太郎・ます夫妻像があります。ご夫妻は、江東区亀戸にある香取神社に末社として祀られていた稲足神社を、独立した神社として昭和63年にあきる野の地に建立した際に、その土地を寄進された人物です。後に小田急グループに参画した小田急建設の祖でもあります。
蛯子稲荷は商売繁盛の神様として、韋駄天尊は健脚健康の神様として、西新宿に鎮座しています。
境内案内
蛯子稲荷は、新宿ワシントンホテルの正面エントランスと、駐車場への入口の間にあります。
白いお堂が韋駄天尊、その右奥にあるのが蛯子稲荷のようです。左には像があるのも見えます。
正面に立ちます。
韋駄天尊と蛯子稲荷、どちらから先に参拝するか迷ったのですが、まずは右奥にある蛯子稲荷へ。
参拝します。祠の前にはお狐さんもいました。
祠は大きな石の上に載っていて、奥にも同じく大きな石がありました。境内は手入れが行き届いています。
再び正面に戻り、韋駄天尊のお堂に入ります。
お線香がありましたので、火を灯し、参拝。祀られているのは板碑の韋駄天尊です。
中にはあきる野の稲足神社にある韋駄天像の写真もありました。
お堂を出ます。左奥には韋駄天尊のご由緒。
ご由緒の手前には、稲足神社の社地を寄進した、野村専太郎・ます夫妻像です。
像の下には野村専太郎夫妻についての説明がありました。
一通り付近をうろうろし、蛯子稲荷と韋駄天尊を後にしました。
参拝を終えて
地図で見つけて立ち寄った、蛯子稲荷大明神と韋駄天尊。
ワシントンホテルのエントランス脇という、そんなところにこんな場所があったんですね。と言っても、ワシントンホテルなど、下民の僕は今まで一度も来たことはないんですけどね。
蛯子稲荷大明神はとても小さな神社でした。真ん中に韋駄天尊のお堂があり、左手に野村専太郎夫妻像、右手の奥に蛯子稲荷の祠があります。一番大きいのは、韋駄天尊のお堂です。
韋駄天尊のお堂は、第二次大戦時の空襲により一度は焼失し、韋駄天尊の立像も放置されていたそうです。その後、付近の工事の際に子供がトラックに両足を轢かれるという事故が起こり、韋駄天尊をお粗末にしてはいけない、となって、再建されたそうです。
僕は「韋駄天」という神様に参拝したのは、もしかしたら今回が初めてかもしれません。記憶を辿ってもそのような覚えが一切ないので、おそらく初めてではないかと。
そもそも韋駄天といいますと、僕の中では「足が速い」ことを表す言葉として認識していたのですが、よくよく考えると、韋駄天とは一体何なのか、全く知らないことに気が付きました。
ですのでこの記事を書くにあたり改めて調べてみたところ、どうやら韋駄天尊は古代インド神話の神様で、めちゃめちゃ足の速い神様だったみたいです。仏舎利が疾足鬼に奪われたとき、追いかけて瞬時に奪還したそうです。そんな由来から、足の神、戦神、勝負事の神として崇敬されているとのこと。
勉強になりました。
今回、韋駄天尊を訪れていなかったら、もしかしたら韋駄天について一生知らないままだったかもしれませんからね。
韋駄天尊のお堂は、かまくらのような造りになっていまして、中に入るととても静かです。奥に板碑の韋駄天尊がいらっしゃいます。
お線香も上げられるようになっていましたので、お線香を上げ、参拝させて頂きました。
と、蛯子稲荷大明神の記事で韋駄天尊についてばかり書いていますが。
蛯子稲荷はご由緒なども調べたのですが、あまり詳しいことがわからなかったんです。読み方も「蛯子」で「うばこ」と読むのですが、「うば」ですと漢字が女偏で「姥」になるかと思うんです。虫編の「蛯」ですと「えび」ですので。
もしかすると誰かが読み方を間違えて、そのまま定着してしまったのでは?なんて思ってしまいます。
その辺りの経緯を知りたいところですが、残念ながらわからずです。
何かわかり次第、追記させて頂こうと思います。
蛯子稲荷大明神と韋駄天尊。どちらも参拝できて良かったです。
あきる野にある稲足神社にも韋駄天尊がいらっしゃるようですし、いつかそちらにも参拝してみたいです。
この後僕たちは、西新宿駅の近くにある、成子天神社へと向かいます。
御朱印
蛯子稲荷大明神では御朱印は扱っていません。
(※ご対応等変更になる場合もございますので、ご注意ください。)
アクセス
住所は東京都新宿区西新宿3-2-9です。
蛯子稲荷大明神と韋駄天尊の公式サイトはありませんが、稲足神社の公式サイト内に紹介ページがあります。
https://www.inatari.or.jp/idaten/ubako.html
電車
①大江戸線 「都庁前駅」から徒歩5分。
A3出口、またはA4出口からが近いです。
②各線 「新宿駅」から徒歩10分。
南口or東南口から出て、甲州街道を西に進み8~10分です。
駐車場
参拝者用の駐車場はありません。少し離れたところにコインパーキングがあります。
周辺のパワースポット
新宿区の神社一覧