神社と御朱印を巡る男の旅

おっさんによる神社と御朱印のブログです。

日野市の初詣ならココ。おすすめの神社を一覧で紹介。



日野市の神社マップ

初詣は大きな神社に出掛けるという方も多いとは思いますが、ご自分の住んでいる地域を守ってくださっている神社(氏神さま)に参拝することも大切です。

はじめに、日野市にある神社の一覧を、比較的大きめな神社を中心に以下の地図にまとめてみました。

境内画像、神社のご由緒、詳しいアクセスなどもリンク先で紹介していますので、そちらも是非参考にしてみてください。

地図上では全部で21ヶ所の、日野市の神社を紹介しています。

21ヶ所が日野市にある全ての神社ではありません。実際には小さな神社などを含めますと、その数はさらに多くなります。

日野市には特別大きな神社というのはありませんが、上記の中では日野八坂神社豊田若宮神社日野宮神社などが、比較的大きめな神社にはなるかと思います。また、寺院を含めますと、高幡不動尊が最も人気のある場所になるかとも思われます。

こちらの記事では一部を除き、基本的には神社のみの紹介で、寺院は紹介しておりませんので、ご了承ください。

次項より、日野市の初詣におすすめの神社を地域別にまとめてあります。

 

日野の初詣

八坂神社(日野八坂神社)

日野の総鎮守です。室町時代以前の創建と考えられている神社で、多摩川の洪水のあとに見つけられた牛頭天王の像を、祠を建てて祀ったのが始まりとされています。古くは牛頭天王社と称されていました。新撰組ともゆかりのある神社で、剣士たち23名の名が連なる剣術額が奉納されています。日野駅から徒歩3分です。(日野市日野本町3-14-12)

 

日野宮神社

「ひのみやじんじゃ」と読みます。創建の年代は不明ですが、日野という地名の由来にもなった、日奉宗頼(ひまつりのむねより)が武蔵国の国司となり、その子孫が祖神を祀ったのが始まりとされている神社です。この地域ではかつて鰻が多摩川の洪水を防いでくれたという言い伝えがあることから(諸説あり)、鰻を食べないという風習があります。日野駅の北、多摩川近くにあります。(日野市栄町2-27-19)

 

東光寺神明社

創建の年代は不明で、その由緒にも諸説がある神社です。一説には、かつての武蔵国司、日奉宗頼(ひまつりのむねより)の子孫がこの地に移り住み、創建したともいわれています。また、平安時代末期の武将、和田義盛が北条義時との戦いに敗れ、その残党がこの地に逃れ、創建したともいわれています。日野駅と小宮駅の中間辺りに位置しています。(日野市栄町5-19-13)

 

日枝神社

江戸時代の初期、川辺堀之内村の開村にあたり、京都の比叡山より日吉大神を勧請し、創建されたとされる神社です。社殿の背後には、日野市の天然記念物に指定されている、樹齢300年以上と推定されるムクの木があります。日野駅からは南に位置し、豊田駅、南平駅が最寄です。(日野市川辺堀之内594)

 

万願寺の初詣

石明神社

南北朝時代の創建と考えられている神社です。かつては堰(せき)大明神、石明社などと称されていました。すぐ近くには浅川が流れていて、たびたび洪水に見舞われていたとのことで、元々は水をせきとめる堰の明神だったのではないかとも考えられています。すぐ近くには土方歳三資料館があります。万願寺駅から徒歩5~7分です。(日野市石田2-11-13)

 

八幡大神社

南北朝時代に、武蔵七党という武士団の流れをくむ田村駄二郎知実と言う人物が、京都の男山八幡宮(現在の石清水八幡宮)を勧請し、創建したと考えられている神社です。昭和24年に境内の御神木を伐採し、その木を使い現在の社殿が再建されました。最寄駅は万願寺駅になります。(日野市万願寺4-18-2)

 

別府神社

創建の年代は不明で、経緯にも諸説があります。一つは、かつてこの地で宮村と上田村による土地争いがあり、宮村の別府太郎という地頭が身を持って勝訴を得たことから、その霊を祀ったという説。もう一つは、鎌倉時代の分倍河原の合戦にて、別府太郎という武士がこの地で果て、彼の霊を祀ったという説です。甲州街道駅、万願寺駅が最寄です。(日野市万願寺3-47-1)

 

北野神社

旧上田村の鎮守社で、上田北野神社、上田天満宮とも称されます。創建の年代は不明ですが、平野紋弥家の邸内に、屋敷神として創建されたものが始まりと考えられています。最寄駅は高幡不動駅になります。(日野市上田480)

 

万願寺稲荷神社

創建の年代や経緯など、詳しいご由緒は不明です。万願寺駅と甲州街道駅の中間辺り、住宅街の中にある小さな稲荷神社です。(日野市万願寺3-39-26 )

 

高幡不動の初詣

高幡不動尊(明王院金剛寺)

正式名称は高幡山明王院金剛寺で、真言宗の寺院です。平安時代の初期に、円仁(慈覚大師)により高幡山に不動堂が建立され、不動明王を安置したのが始まりとされています。関東三大不動の一つに数えられ、「高幡のお不動さん」として親しまれています。アジサイの名所としても知られています。また、新撰組の土方歳三の菩提寺でもあります。高幡不動駅からすぐです。(日野市高幡733)

 

若宮神社(若宮愛宕神社)

若宮神社、高幡若宮神社、若宮愛宕神社とも称されています。高幡不動尊の不動堂の本尊である不動明王には、傍らの二童子がいらっしゃり、その二童子を彫刻した旅僧を、神仏の化身としてお祀りした神社で、かつては別旅明神と称されていました。大正時代には高幡山の山頂に祀られていた愛宕社を合祀しています。高幡不動駅のすぐ北です。(日野市高幡352)

 

三沢八幡神社

創建の年代ははっきりとはわかっていませんが、鎌倉時代末期以前ではないかと考えられています。旧三沢村上郷の鎮守社です。明治には中郷の神明社、下郷の神明社、諏訪社を合祀して、現在に至ります。高幡不動駅の東に位置しています。(日野市三沢3-23-3)

 

程久保神明神社

旧程久保村の鎮守社です。創建の年代はわかっていませんが、江戸時代前期以前になります。この地域には当社の他に、秋葉権現社と山王権現社の二社がありましたが、明治になり当社に合祀され、現在に至ります。最寄駅は程久保駅です。(日野市程久保8-20-4)

 

南平の初詣

八坂神社(南平八坂神社)

創建の年代は不明ですが、戦国時代以前と考えられています。元々は現在も近隣にある、寿徳寺というお寺の境内に創建されたものになります。安土桃山時代に、現在の地に遷座しています。明治までは牛頭天王社と称されていました。高幡不動駅から西に徒歩10分です。(日野市南平4-8-6)

 

熊野神社(南平熊野神社)

創建の年代は不明ですが、戦国時代以前と考えられています。元々は熊野堂と称され、現在の場所よりも少し上にあったそうですが、昭和47年の台風で裏山が崩壊する危険があったため、現在の地に遷されています。南平駅の東に位置しています。(日野市南平8-11-19)

 

豊田・平山の初詣

若宮神社(豊田若宮神社)

豊田の総鎮守です。江戸時代の前期、この地域の領主だった大久保勘三郎という人物により創建されたといわれていますが、それよりもはるかに古い創建ではないかという説もあります。豊田には元々5つの神社があり、昭和から平成にかけそれらを全て合祀して、現在に至ります。豊田駅から徒歩10分です。(日野市東豊田2-32-5)

 

八幡神社(平山八幡神社)

鎌倉時代の初期、この地を治めていた平山季重が、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請し、創建したと伝えられています。かつては若宮八幡、正八幡と称されていました。江戸時代には徳川家康より、軍配団扇が寄進され、現在も社宝として残っています。平山城址公園駅と長沼駅の中間辺りに位置しています。(日野市西平山1-23-1)

 

平山季重神社

創建の年代は不明ですが、かつてこの地の領主であった、平山季重(ひらやますえしげ)をお祀りしている小さな神社です。また、一説には季重が彼の祖先を祀った神社ともいわれています。都立平山城址公園の北にあります。平山城址公園駅が最寄駅になります。(日野市平山6-53-6)

 

百草園の初詣

八幡神社(百草園八幡神社)

百草園に隣接しています。創建の年代はわかっていませんが、奈良時代の創建とも考えられている、大変歴史の古い神社になります。平安時代には、源頼義が奥州征伐のためこの地を通り、再建したともいわれています。本殿の裏手には、シイノキの大木があります。百草園駅徒歩10分ちょっとです。(日野市百草867)

 

神明神社(落川神明神社)

江戸時代の後期に創建された神社です。落川村内、下落川の鎮守として創建されました。境内には大きなケヤキの木があります。百草園駅から東に徒歩5分です。(日野市落川649)

 

大宮神社(落川大宮神社)

旧落川村内、上落川の鎮守です。創建の年代は不明ですが、江戸時代の前期に、元々鎮座していた三沢の大宮耕地より、現在の地に遷座しています。百草園駅のすぐ南です。(日野市落川1108)

 

隣接地域の神社

お住まいの地域によっては、日野市と隣接する・府中市・国立市・立川市・昭島市・八王子市・多摩市の神社の方が行きやすい場合もあるかと思います。

周辺地域の初詣にお勧めの神社についても、下記にそれぞれリンク記事を貼っておきましたので、是非チェックしてみてください。

・八王子市(未作成)