
和歌山県の新宮市にある熊野速玉大社の参拝レポートです。
読み方は「くまのはやたまたいしゃ」です。全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮「熊野三山」の一社です。神倉山のゴトビキ岩に降臨した熊野権現をお祀りするため、創建された神社になります。境内には、平重盛の手植と伝えられる樹齢千年のナギの御神木があります。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部です。
序文に続き、ご由緒、境内案内、見どころ、御朱印、アクセスの順で紹介していきます。
熊野三山「熊野速玉大社」へ
熊野三山にいつか参拝したい。熊野の神社巡りをいつかしたい。
そんな願いを叶えるべく、5月に嫁と二人で5泊6日という日程で、熊野にやって来ました。
初日に、まずは熊野三山の一社である熊野本宮大社への参拝を果たします。
そして二日目が、こちらの記事で紹介する熊野速玉大社です。
熊野三山は三つの神社でして、近場に固まっていれば回りやすいのですが、これがそれぞれけっこう離れてるんですよ。いずれも和歌山県ではありながら、本宮大社は田辺市、速玉大社は新宮市、那智大社は那智勝浦町に鎮座しています。
新宮市観光協会に三山のわかりやすい地図が掲載されていましたので、そちらを引用で紹介させて頂きます。

(画像引用元:https://www.shinguu.jp/)
しかも僕たち夫婦は飛行機でやって来まして、降り立ったのが西の端にある南紀白浜空港です。ゆえに、まずは西から東へ山の中を、本宮大社まで移動しました。
で、本宮大社近くの川湯温泉で一泊し、翌日向かったのは、北の奈良県にある玉置神社です。十津川村というところですね。玉置神社は熊野三山の奥宮としても信仰されていて、「呼ばれないと行けない神社」として知られてもいまして、せっかくなので行きたくなってしまって。
ですので二日目は、朝から玉置神社へと向かいました。なかなかの山奥で、入口に辿り着くまでにもかなりの時間を要するうえに、さらにそこから歩かねばいかんという試練。結局、午前中をがっつり使うことに。入口まで戻ってきたのが13時くらいですね。
玉置神社からさらに山奥の玉石社というところまで、登山的な感じで行ってきましたので、午前中で早くも達成感を抱いてしまったのですが…この日はもう一か所、大きなイベントが待っています。それが速玉大社への参拝です。
玉置神社を出発し、まずは本宮大社の辺りまで戻り、そこから速玉大社のある新宮市へと東へ突っ走ることに。
本宮大社から1時間半弱だったかと思います。山から街へと景色が変わり、速玉大社に到着しました。
駐車場に車を停め、熊野三山の二社目、熊野速玉大社へ。
ご由緒
ご祭神は、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とし、十二柱の神々を新宮十二社大権現としてお祀りしています。
熊野速玉大神は伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)、熊野夫須美大神は伊邪那美尊(いざなみのみこと)と同一で、夫婦神が主祭神です。
創建は飛鳥時代より前、第12代天皇である景行天皇58年の御世と伝えられています。それより前、神代の頃に、神倉山の磐座であるゴトビキ岩に、熊野速玉大神と熊野夫須美大神が降り立ちお祀りされていましたが、景行天皇の御代に現在の地に遷座され、社殿が造営されたといわれています。元宮である神倉山の神倉神社に対し、新宮と称されます。
奈良時代、孝謙天皇の時代には、熊野三山の中で最も早く、熊野権現の称号を賜ります。
平安時代には十二の社殿が建てられ、熊野十二所権現と称されるように。鳥羽上皇、後白河法皇、後鳥羽上皇などが幾度となく熊野三山に足を運ばれています。
明治16年には、熊野川花火が原因で社殿が焼失してしまいますが、明治27年に再建されます。
境内には、「熊野速玉神社のナギ」として国の天然記念物に指定されている、樹齢千年の梛(ナギ)の巨木があります。平重盛の手植と伝わる御神木です。
熊野神宝館では、約千点にものぼる国宝の古神宝類が所蔵され、一部が公開されています。
平成16年にユネスコの世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つでもあります。
熊野三山の一社として、古くから崇敬されてきた神社です。
境内案内
駐車場が参道の途中へと繋がっているのですが、鳥居から入りたかったので、少し遠回りをして入口の鳥居へ。右には熊野速玉大社、左に熊野大権現の社合碑。鳥居の手前には下馬橋が架かっています。

橋を渡ると左手に「佐藤春夫先生句碑」です。小説家・詩人の佐藤春夫氏は新宮市の生まれで、初代新宮市名誉市民とのこと。

鳥居は足のある両部鳥居です。扁額には「熊野権現」。

鳥居の手前、右手には世界遺産の碑。

一礼して鳥居をくぐり、参道を進みます。

右手に境内社が二社。左が天之手力男命(あめのたぢからおのみこと)をご祭神とする手力男神社、右が建角見命(たけつぬみのみこと)をご祭神とする八咫烏神社です。手力男神社は鑰宮(かぎのみや)と称され、元は神門の中に鎮座していたそうです。

二社の脇にも石碑が一つ。

手力男神社の左奥が開けていました。そこには「奉八度の記念碑」も。奥州から八度も参詣された吉田金右衛門という方が奉納したものになります。

その先、左手には歌碑でしょうか。すみません、ちゃんと読めず…。

そして奥に建つのは忠魂碑でした。

参道に戻ります。

右に、国宝神宝類がおよそ1200点も所蔵されている熊野神宝館です。一部が展示されていますので、後ほど行ってみることに。

神宝館の入口には、迫力のある武蔵坊弁慶の銅像がありました。弁慶は、熊野別当にゆかりがあったと伝えられています。

左には「熊野速玉大社参詣曼荼羅」。世界遺産登録を記念して作られたものになります。

その先が、御神木のナギの木です。樹齢千年の国の天然記念物。でかいです。左の石碑は検校法親王(けんぎょうほっしんのう)の歌碑です。

梛の木を別角度からも。素晴らしいです。

ナギの右にも石碑です。後白河法皇が御撰された歌謡集である梁塵秘抄(りょうじんひしょう)の碑。

参道を進みます。前方に見えるのが神門です。赤が綺麗です。

左右には狛犬さんがいらっしゃいました。こちらは左の狛犬さん。

こちらが右の狛犬さん。どちらも可愛らしいです。

右の狛犬さんの手前に、ひっそりと野口雨情の歌碑がありました。この奥が駐車場になってます。

反対、左の狛犬さんの先には社務所になっている大禮殿(だいらいでん)があり、間には小路が延びていました。ねじれた木やいくつかの石碑も。

右に手水舎です。

お清めをします。手水舎には、獏のようにも見える龍です。

手水舎の後ろには、境内社の熊野稲荷神社。

脇には築地塀があり、佐藤春夫の「望郷五月歌」が埋め込まれていました。

稲荷神社の周りにも大木が聳えています。

ここから少し狛犬さん側に、みかんと梅のお土産物屋さんがあったのですが、よく見ると「川原家(折り畳み式家屋)」と書いてあります。川の氾濫などに備え、簡単に解体できて運べるようになっている建物のようです。駐車場の近くには、同様の建物が並ぶ「川原家横丁」もあるようです。

再び参道に戻り、神門へ。

左が大禮殿です。

神門には大きな注連縄。

神門の左右には立派な彫刻です。こちらは左、馬の親子です。

右は虎の親子ですね。どちらも旧神門からあるものとのこと。

一礼して神門をくぐりますと、開けた空間になっていて、前方には社殿が並んでいます。正面に見えるのは上三殿。左手は授与所です。

右には、新宮市の天然記念物にもなっている、オガタマノキ。

少し進むと、左前方に拝殿が見えてきます。

まずは拝殿へ。拝殿の後ろが、主祭神である熊野夫須美大神をお祀りする第一殿の結宮と、熊野速玉大神をお祀りする第二殿の速玉宮です。

拝殿に向かって右手はこんな景色。

後ろには、皇族方の御幸を記念した「熊野御幸碑」。脇には結宮再建記念碑もありました。

左手には参集殿。この後ろには、神事の準備などで使われる双鶴殿があります。

拝殿へと進みます。

参拝させて頂きます。

こちらは拝殿を右斜め前から。

右手に並ぶ社殿にも参拝させて頂くことに。この景色も素敵です。

参拝は拝殿のお隣から。この左の奥に奥御前三神殿があり、その右に上三殿です。上三殿には第三殿と第四殿がお祀りされています。

その右が八社殿。第五殿から第八殿の中四社と、大九殿から第十二殿の下四社がお祀りされています。

そして境内の右手に、境内社の新宮神社と恵比寿神社です。こちらの木もまた凄い。

こちらは新宮神社の屋根。危うく見逃すところでした。

屋根の左右には、恵比寿様と大黒様も。

恵比寿神社には木槌がありました。こちらの恵比寿様は普段寝ているとのことで、木槌を叩いて起こしてお参りをするようです。

新宮神社と恵比寿神社を背にしての境内も美しい。

オガタマノキの脇には、さざれ石と世界遺産の碑です。

神門を出て、参道の境内社にも参拝し、神宝館に立ち寄り、ナギの木を心行くまで眺め、境内を後にしました。

参拝を終えて
熊野速玉大社は、とっても気持ちがいい神社でした。
この日は朝から玉置神社の登山などして、その後はこちらまで大移動。ゆえにそれなりに疲労も溜まっていたのですが、居心地の良い境内で癒されました。
時間帯も夕方だったためか、参拝者の姿もそこまで多くはありませんでしたので、のんびりゆっくりと、境内を散策させて頂くことに。
見どころもたくさんあったのですが、全体の印象としては、赤の社殿と周囲の緑の調和がとても綺麗で、美しかったです。
御神木のナギの木をはじめとして、色んなところに大木が聳えていました。ナギの木は、こんなに大きなものを見たのはたぶん初めてですね。いつまででも見ていられました。
手水舎の後ろにある熊野稲荷神社の脇の杉や、新宮神社と恵比寿神社の大楠、神門の先のオガタマノキ、大禮殿手前のねじれた木など、惹かれずにはいられない木があちこちに。特に、新宮神社と恵比寿神社と大楠の景色は、絵になるものがありました。
神門の先、社殿前の空間は、熊野本宮大社と近い造りになっているのですが、社殿の色が本宮大社は木の茶色だったのに対し、こちらは赤と白ですので、より煌びやかな感じになっています。どちらも美しかったのですが、違った美しさになっているというのもまた大きな魅力です。
境内社などの社殿も皆、赤と白で統一されていました。
新宮神社の屋根の上の恵比寿様や大黒様などは、僕は全く気付いておらず、嫁が気付かなかったら見逃しておりました。危なかった。
恵比寿神社の木槌を打って恵比寿様を起こす、というのもユニークで面白かったです。
参道の狛犬さんも可愛さが全開でしたし、手水舎の龍は獏のようにも見える鼻の長い変わった容姿でした。
熊野神宝館は拝観時間が16時まででして、ギリギリセーフで拝観できました。参拝後に境内をのんびり散策するつもりだったのですが、神宝館の時間が差し迫っていたので、先にそちらに拝観し、その後のんびり過ごさせて頂きました。
神宝館の前には立派な弁慶さんがいらっしゃったので、嫁と代わる代わる、つい記念撮影もしちゃいました。
授与所では御守りと御朱印を頂くことに。近くにある神倉神社の御朱印もこちらで頂けます。僕たちは神倉神社には翌日参拝予定でしたので、前もって頂きました。
参道と駐車場の間では、みかんが売られていまして、せっかく和歌山まで来たのだからと購入してみました。よく見たらみかんではなくセミノールというやつでしたけれど。初めて食べました。
この日の宿は新宮市内のホテルでして、他にこれと言った予定もなかったため、かなりゆっくりと境内を散策させて頂きました。
熊野速玉大社への参拝を無事に終えましたので、これで熊野三山の二社に足を運べたことになります。あとは那智大社だけですね。そちらには翌々日に参拝予定です。
速玉大社を後にした僕たちは、ホテルにチェックイン。で、近くで夕食をと思いウロウロしてみたのですが、これといったところに出会えなかったため、結局コンビニでお弁当やらお酒やらを買い、ホテルの部屋で宴会を。たまにはそういうのもいいもんです。
こうして熊野旅行の二日目が終了です。この日も熊野を満喫できました。
翌日は神倉神社からのスタートです。
御朱印
こちらが熊野速玉大社の御朱印です。

御朱印の受付時間
御朱印を頂ける時間は、8時から17時までです。
(※お時間やご対応等変更になる場合もございますので、ご注意ください。)
アクセス
住所は和歌山県新宮市新宮1番地です。
熊野速玉大社の公式サイトはこちらです。
https://kumanohayatama.jp/
熊野神宝館の拝観時間は9時から16時までです。
駐車場
40台ほど駐車できる参拝者用の駐車場があります。

電車
JR新宮駅が最寄り駅です。徒歩ですと20分、バスですと5分で「速玉大社前」降車です。
トイレ
駐車場にあります。

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